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田舎で底辺暮らし

貧乏喪女がネットの気になる話題など、雑多にあれこれ書いてます。

 

お墓の無縁化は現代の自然な流れ

昨晩、クローズアップ現代「墓が捨てられる ~無縁化の先に何が~」を見た。
今までの墓のスタイルが現代社会と合ってなくて放置されて荒れ放題になることが多く、色々問題あるね、って話だった。

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今、日本各地で墓石の不法投棄が相次いでいる。
兵庫、茨城、広島と続き、今年は岐阜でも発覚した。
中でも淡路島では1500トンもの墓石が今も野ざらしのままだ。


背景には、家族とのつながりが失われる無縁化によって、放置される墓が急増していることに加え、子供から墓の承継を拒否された人などが、自分の代で先祖代々の墓を処分し納骨堂などに移す“墓じまい”を行うケースが増えているからだ。
かつては代々受け継ぐものと考えられてきた日本の墓。
しかし今、都市部では承継を前提としない埋葬が自治体によって進められている。
千葉県浦安市では、市民のニーズに応え、期間限定の墓の分譲を始める。
一定期間を過ぎれば自動的に共同の納骨堂に移される仕組みだ。
さらに東京では、火葬場から遺骨を引き取らず、埋葬さえしない“ゼロ葬”を選ぶ人も増えている。
墓によって受け継がれてきた価値観や文化が急速に失われる中で、揺らぐ日本人の死生観を考える。


無縁化した墓石の不法投棄の背景には、処理にお金がかかり、墓の関係者に連絡もつかないことが多いなど、色々な問題がある。

かつては土葬だったために一人に一墓だったらしいのだが、その後お墓は子孫で継承し管理する家制度に組み込まれた。
その末路としては、自然な流れかなぁと思った。


遺骨の置き場と、死者との対面する場所として墓を作るわけだが、都市部への人の流動化が激しくなり、核家族化して田舎で墓参りってスタイルが現代と合ってないので、放置されるのは仕方ないわなぁ。

多様化した墓のあり方として、最初の契約費だけ払えば永代供養してくれる市が管理する共同墓地があったり、遺骨は火葬場に引き取ってもらって墓そのものを作らない選択をした老夫婦を紹介していた。


でも、死んだ後の墓にあれこれ気を配れるって、なんというかある程度リッチな人たちだよねー、と正直思った。

先日、老後破産の番組を見たけれど、あれだけ介護費も生活費も捻出できない老人が溢れているなかで、死んだあとの墓のこと、まして先祖に申し訳ないなんて余裕は、まず生まれてこないだろう。
葬式や法事や墓など、そういう部分に余裕を払える人たちが減ったということも大きいのではないかな。

番組では先祖との繋がりというか、家族の絆が薄れていったみたいなニュアンスが強くて、ちょっとなんだかなぁ、と。
そういうのに拘る人が減ったことを、マイナスに捉えすぎてる気がした。


私は墓参りなんてよっぽど小さい時に山奥に連れて行かれただけの記憶しかなくて、盆には上げ膳据え膳でどうでもいい親戚が飲み食いしにくるだけなので、墓参りのようなものには全然縁がない。

祖母の葬式を今年やったけれど、ああいうのも結局は事務作業で、葬式や墓に使う金があるなら生きてるうちの介護費にまわしてくれ、と今でも思っている。

祖母の介護は私と母に丸投げされていて、本当に嫌な記憶ばかりなわけだけれど、家制度に組み込まれた墓に埋葬されたいって人が、今どれほどいるのか疑問だ。
少なくとも私は家の墓にだけは入りたくないと思う。

そういえばTwitterなどでは、夫の家の墓には入りたくないって妻の声をちょくちょく見かけたりるすけど、番組ではクリーンなイメージの家族像ばかりで、家庭事情を反映した結果の無縁化などには切り込むこともなく、なんだか物足りなかった。

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