田舎で底辺暮らし

孤独に生きながら雑多にあれこれ書いてます。

中山可穂「愛の国」を読了

中山可穂の「愛の国」を読み終えたので、感想など書いていきます(ネタバレなど含みますので、ご注意を)。

愛の国 (単行本)

愛の国 (単行本)

弾圧の暗い影、獄中のタンゴ、刻み込まれた愛の刻印。愛する人も記憶も失い、自分が何者なのかを問いながら彼女は巡礼路を歩き続ける。
十字架を背負い、苛酷な運命に翻弄され、四国遍路からスペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへ。
衝撃のデビュー作『猫背の王子』から20年―底なしに愛し、どこまでも闘う主人公ミチルに待ち受ける愛と死、罪と罰、天国と地獄を渾身の筆で描ききった恋愛小説の金字塔!王寺ミチル三部作完結篇。

王寺ミチルシリーズの完結作。
前の二作はかなり前に読んだので、ほとんど内容を覚えてないままこの本を読んだのですが、キャラが色々引き継がれているので、これから読む人は前作を読み直してから読んだほうがいいかもしれません。
(読んでいなくても、それはそれで大丈夫ですが)

猫背の王子 (集英社文庫)

猫背の王子 (集英社文庫)

天使の骨 (集英社文庫)

天使の骨 (集英社文庫)


京都の尼寺で記憶喪失になって服毒自殺をこころみて倒れているところを、美人な尼さんに助けられるところからスタート。

これまでの舞台人間としてのミチルとは、ちょっと離れた内容になってます。

この主人公・ミチルというのは、どこにいっても女からアホみたいにモテる中性的なレズビアンなのですが、それは本作でも炸裂してて、ちょっと苦笑いします。

普通の現代小説かと思ったんですが、日本情勢が非常に悪くなり、愛国党という超保守系右派が政治を握り、同性愛者は四国の矯正施設に収容されるというかなり過激な設定になっていました。

たまたま出会った一人で選挙に挑む野党の女性候補者のお手伝いなどをしながら(当然、この女性とも関係をもつ)、尼さんにも想いを寄せていたり。

ミチルはそれまで劇団を立ち上げ舞台人として生きてきたわけですが、演じてきた演目が同性愛をテーマにしているので、公安から目をつけられていて、寺にいることがバレてしまい、尼さんの手引で四国の山奥にある尼寺に逃げます。

レジスタンスの手を借りながら、お遍路しつつこっそりお寺に向かうも、結局は捕まり、矯正施設に放り込まれるわけですが、ゲイのオネエダンサーと相部屋になって、電気ショックや重労働作業を送る日々。
ナチ政権時のような日本で、とにかく同性愛者は病気扱いで、このへんは結構差別表現がハードなので、読む人は気をつけてください。

で、そこに愛国党と唯一戦っていた女性性党の党首である女性が、同性愛者であると愛国党の告発でここへ放り込まれてしまいます。
ミチルはレジスタンスとこっそり連絡をとって、彼女の逃げる手助けをしたりして奔走。

そこで、前回劇団で深い関わりのあったトオルに出会い、最愛の女だった久美子ことを聞いたりして、彼女の死と自分の記憶を徐々に取り戻します。

ミチルが向かうはずだった秘境の尼寺にいる高齢の尼さんは、ハンガーストライキを決行し、世界中に自国のひどさを訴えるわけですが、愛国党はこれを危機として、この説得役にミチルが要請されます。

無事、収容施設を抜け出せたわけですが、尼さんはミチルの説得には応じず、死を目前に、自分が若いころ愛を誓った女性がいるスペインの修道院に行って言付けてくれとミチルに頼みます。

このままこの国にいても、身の危険がつきまとうので、レジスタンスの協力でヨーロッパまで旅立ち、巡礼しながら修道院を目指します。

このヨーロッパに舞台を移す後編からが個人的には面白くて、読み応えがありました。

ミチルは相変わらず、旅先でもモテているんですけど、巡礼する旅の場面と交互に、なくした記憶が蘇って久美子の亡くなるまでの経緯が綴られていくので、読んでいてつらくなりました。

これ以上ないほど相思相愛の久美子を親友のトオルと結婚させようとしたり、大事にするがゆえに付き合うことを拒むミチルの感覚が悲劇気どりのようでイライラしてしまうんですが、そうやって久美子との関係から逃げ続けてしまった結果、ミチルは大事な人を亡くして苦悩する羽目になるわけですね。

女は男と結婚して子供を産むのが一番良い人生なんだ、みたいなのに囚われて、そんなこと望んでもいない相手に押し付けた結果の自業自得という感じもあったりなかったり。

そんなに女からモテて、自分の好きな女からも心底惚れられてるのに、これ以上何を望むんだよ!っていう、非モテな自分からすれば、欲張りすぎるミチルの独善的でトラブルメーカーな感じに、どうしても苛ついてしまう部分はありました…。
そこはナルシシズム溢れる中山作品の特徴なので、仕方ないですね。

ミチルは尼さんからの伝言というミッションを終え、巡礼も済ませると、道中で出会った若い女の子と関係を持ちながら、日本の危険な状況が落ち着くまでヨーロッパで生活します。

そこで、今度はミチルが最初に世話になった京都の尼さんがハンガーストライキをしているとニュースで知って、危険と知りながら日本に舞い戻ります。

最後は、ミチルもあの世に…?っていう感じの終わり方だったので、愛していた久美子も死んじゃって、同性愛者として生きるにはつらい世の中だし、ある意味救われたのかもしれないけど、やっぱちょっとさみしいラストでしたね。
舞台人として生きる術を失ったミチルは、こうなるほかなかったのかも…。

分厚い一冊ですが、文章はあっさりしてるので割とすぐ読み終えました。

百合としては、久美子がトオルとの子供を身篭ったりして男性混じりの三角関係でくっついたり離れたりしてしんどいのですが、女性とのラブシーンも作中多いのでそれなりに美味しいと思います。
久美子との関係はヤンデレみたいなのが好きな人は、特に楽しめるかもしれません。

中山氏は文章の美しさというか筆力で読ませるようなタイプではないので、その文章の粗とナルシシズムな内容が合わなくて、なんだか安っぽく感じる部分があるというのが正直なところ。
この作品も前半はいまいち入り込めなかったんですが、後半は怒涛の勢いでした。

気になる部分はあるものの、読み終わってみると、なかなか読み応えのある一冊でした。